天帝のはしたなき果実

メフィスト賞受賞作、古野まほろ「天帝のはしたなき果実」読む。すっごくおんもしろい、絢爛豪華なミステリ! あーっ、小説を読んだなーっ、という満足感。以下、メールマガジン講談社 ミステリーの館」からの引用です。著者自身による挨拶なのですが、あんまりにも素敵な文章だったので全文を持ってきてしまいました。
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ミステリーの館へお越しの皆様、はじめまして。『天帝のはしたなき果実』の古野まほろです。これは生涯で初めて書いた小説なのですが、いち学生の私小説として書いたものがこうして本になる。いざデヴューとなると、瞳の肥えた皆様 に満足してもらえるかも知れないという希望と、きっと厳しい御批判があるだろうなという恐怖とがふたつありますね。
さて『果実』ですが、内容的には本格であり変格でありファンタジーでありSFであり、そして何よりも青春小説です。17歳、それはひとの生涯のうちでいちばん美しい歳だ、誰かがそういってました。その頃は普通の高校生で、普通に 楽器を吹き、普通に映画やミュージカルを観にゆき、普通に本を読み、普通にパスタ屋や喫茶店で4時間粘ってました。
転機は、18歳のとき。受験が終わった奇妙なエアポケットで、それを埋める べく探偵小説を初めて読んだのです。買ったのは『月光ゲーム』と『密閉教室』 でした。泣きました。地球圏にはこんなに素晴らしい物語があったのか、と。 そこからは転落人生(笑)。やがて『霧越邸』『虚無』そして『匣』。溺れる とはまさにこういう状態をいうのか、そんな風に感じたものです。だから『果実』は、『月光』のように美しく、『密閉教室』のように痛く、『虚無』のように幻想的で、『匣』のように悪戯なものにしたかった。『霧越邸』のように透徹し、『第二ファウンデーション』のように大回転し、『夜叉姫伝』のように淫靡なものにしたかった(あとは『ZG』かな?)。 それができたというほど莫迦ではありません。けれど、そうした素晴らしい世界に捧げる想いだけは、表現しきったつもりです。小説は天帝に捧げる果実であって、一行たりとも腐っていてはならない、そういう乙女座のテーゼにかんがみれば、本当に、ほんとうにはしたない果実です。試みにお読みいただければ、それに過ぎたしあわせは、ないです。この作品の交響的変奏が皆様のこころに、わずかでもいいから風紋を描くことを願ってやみません。
古野まほろ
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いかがです? タイトルからしてもう素敵でしょ? 「ええっ、『メフィスト賞』でしょお? ばいばいきーん」と腰が引けたかたも、この挨拶文で、がぜんお読みになりたくなったでしょ? そりゃまメフィスト賞受賞作には「六枚のとんかつ」みたいな珍作もまぎれてますけど。フフフ。

天帝のはしたなき果実 (講談社ノベルス)

天帝のはしたなき果実 (講談社ノベルス)